【今日の発見】 古代ローマでは、軍=訓練。つまり修証一如。これをシステム化!

January 4, 2015

今日(昨日)、ユリウス・カエサルのガリア戦記を読み始めました、そして 発見したこと。 英語のエクササイズの語源はラテン語の エクセルキトゥスで、これは軍隊も訓練も両方指していた、と。

 

つまりローマ人は「習熟」こそ軍隊の力の根源であると認識し、その結果、訓練を意味する単語にそのまま軍隊を意味させたのだと。

 

このことから二つのことを感じました、その2番目の気づきから、自分が行っていることをいま一段進化させられる、またはシステム化することに価値がある可能性を覚えました。

 

第一の感想は、これと同じような概念は勝負の達人たちは気づいていて、私たちに伝えてくれています。

 

簡単な例からいきましょうか、山本五十六の常在戦場はその一つ。しかしもっと高尚なのは道元の唱えた修証一如もとは中国の古典からの概念ではありますが、修行と実践(証)は同じものである。この感覚は大事です。

 

しかるに、修行と実地実戦を分ける感覚を有していて大失敗したリーダーに、例えば源田実がいます。ミッドウェイの、相手方空母の存在を偵察機が発見した直後の判断で、「まだ大丈夫だろう」という頭の中での自分の都合を優先させて日本海軍の主力を失わせてしまったという判断ミスがあります。このことについて、戦後の手記では、「訓練だったなら発艦を優先させただろう」、「しかし、現実に、真珠湾以来数多くの作戦と運命をともにしてきた、着艦を急ぐべきパイロットたちを見捨てるわけにはいかなかった」など解説していますが、その結果、その判断の誤りが、彼らパイロットどころか空母四隻とすべての艦載機とほとんどのパイロットを失わせてしまった。 判断自体の是非はさておいておいても(非と思ってはいますが)、訓練と実戦を分けるレトリックに、あるいはそういうレトリックを思いつく思考・生き方哲学感覚に、ローマ軍や道元や、また道元の修証一如に共鳴紹介してくれた将棋の米長邦雄、囲碁の藤沢秀行(いずれも名人、棋聖などタイトル多数)とは大違いと感じます。

 

第二の感想は、これは私の気づきになりますが、そういう修証一如的感覚は、個人としての勝負師にはそれで十分でしょうが、軍の場合は、システム化するまでいかないとならない、ということ。あるいはシステム化の価値が高いといってもよいでしょう。

 

このシステム化することを今年はやるべきか。

 

さて、当方、実戦シミュレーションというプログラムなどを展開してきていて、研修のプログラムの中で相当の実戦戦略構想を打ち立て、人と組織と事業が動くことに貢献してきています。また、実地実戦の経営状況や問題について、訓練をかねて企業の幹部諸氏とともに、ものすごいスピードで当たるということをしてきています。

 

さて問題はそれらの後なのです。

 

人は、ほっと一息となりがちです。

 

でもローマ軍も、ローマに対立して心胆を寒からしめたカルタゴのハンニバルも、どんなに疲労していても、2〜3日の休憩で、次の作戦行動に移る。

 

経営のコンサルティングなどのあと、ほっと一息する感覚が組織に見られることがありますが、それでは不十分でありまして、次のステージに進まないとならない。

 

その感覚まで含めて、システマティックに人と組織が動けるようにすること。今年の最大課題の一つです。

 

 

 

 

 

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